映画『ウォーリー/WALL-E』のアナログ感に脱帽
2008-12-05


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CGアニメーションというヤツは、公開されるたびに「今度の映像は○○がすごいよ!」と技術の確認をするのが恒例でした。今でも多少その風習は残っていますが、実写と見分けに着かない映像になって久しく、いまや何処が技術革新なのか言い当てるのも難しいような状態になっています。

その意味、今回の『ウォーリー/WALL-E』で語るならば、実写映画のカメラワークに歩み寄るアナログの“無駄なほどの”再現でしょう。予告編でも公開されている映像で言えば、ショッピングカートに追われて壁に激突するまでのカメラ。ウォーリーの動きを追うパンは手持ち感覚に溢れ、リアクションをとるイヴに遅れて追うタイミング。フォーカスのタイミングのアナログ感覚ふくめ、カメラマンの存在を感じさせる演出です。
いつでもピントが正確で、レールに乗っているかのようなフォローができてあたり前のCGで、あえて実写映画のカメラワークを再現する“手触り”の再現は、現場では「完全なる不完全の再現」と読んだ狙いだそうです。

本来ならNGの無いアニメーションにNGフィルムを作り出したピクサーらしいコマの進め方。ですが、本編をフィクション化してしまうNGに比べて嫌味が無く、テクニックとしてもCGにぬくもりを求める意味でセンスが一歩進んでいます。ブラッド・バード監督が現場に残していった影響は数多いですが、このカメラワークも、またそのひとつであるように思えます。今回はカメラマンを会社に招き撮影のイロハを学んで、演出に盛り込んだそう。

初期のアニメーションにとってマルチ・プレーン・カメラの例など、実写に近づくことが美徳だった時代と同じくCGアニメーションの進歩は、やはり実写への歩み寄りでした。しかし、弱点を一つ一つ克服した結果、クリエイターが求めるようになったのはアナログ感を再現することに移りました。

絵を仕事にしている人々の多くが「CG塗りは綺麗すぎてツマラナイ」と、あえてアナログ的な仕上がりを求めるようになったのは、コンピュータ着彩が巷に溢れてすぐでした。

その意味、ピクサーの社風は最初から実写への歩み寄りとは別のところにありました。何しろ会社立ち上げ前の初作短編『アンドレとウォーリーB.』の目指していたポイントはギャグアニメの動きの再現という会社です。

今回の「完全なる不完全」の徹底振りは、病的とすら言えます。宇宙に広がる星空を描くビジュアルの中には、まるで60-80年代SF映画かと思える、空気のあるスタジオで撮影したかのようなチリ感あふれるものが混じっていのですから! その技術力の無駄遣いたるや! (嬉しいけど。)

今回、アカデミー賞の話題として「作品賞へノミネートされてもおかしくない」なる意見が出て、製作側も喜びを隠せないようですが、その意見の根底にはアニメーション的ではない、そのカメラワークから感じられる作風も手伝っているのではないでしょうか。

デジタルより、アナログ的にというスタンスがテクニックに溺れていないのはテーマときちんとハマっている点。主人公ウォーリーが、ロボットなのに誰よりも人間的な生活を送っているのは誰もが感じるところでしょう。

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